徳を崇び惑いを弁ずるを問う② 刀剣乱舞 2016年03月03日 参考・引用サイトWikipedia 加藤清正 「逸話」の項目Wikipedia 同田貫Web漢文体系 論語 http://kanbun.info/keibu/rongo00.html(顔淵第十二-10、学而第一-2、里仁第四-10、雍也第六-26、為政第二-10)面倒くせえ!いいから現代訳を書きやがれ!って人は以下どうぞ 「徳を崇び惑いを弁ずるを問う」(徳を高くして、迷いを解くには、いかがいたしたものでございましょうか。)「上を犯すことを好まずして、乱を作すを好む者は未だ之れ有らざるなり。」(長上に対して不遜でない人が、好んで社会国家の秩序をみだし、 乱をおこしたというためしは絶対にないことである。)「君子は本を務む。本立ちて道生ず。孝弟なる者は、其れ仁の本為るか。」(古来、君子は何ごとにも根本を大切にし、まずそこに全精力を傾倒して来たものだが、 それは、根本さえ把握すると、道はおのずからにしてひらけて行くものだからである。 君子が到達した仁という至上の徳も、おそらく孝弟というような家庭道徳の 忠実な実践にその根本があったのではあるまいか)「君子の天下に於けるや、適無きなり。莫無きなり。義に之与に比す。」(君子が政治の局にあたる場合には、自分の考えを固執し、無理じいに 事を行なったり禁止したりすることは決してない。 虚心に道理のあるところに従うだけである)「予が否らざる所の者は、天之を厭てん。天之を厭てん。」(私のやったことが、もし道にかなわなかったとしたら、 天がゆるしてはおかれない。天がゆるしてはおかれない)「其の以てする所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、 人焉んぞ廋さんや、人焉んぞ廋さんや。」(人間のねうちというものは、その人が何をするのか、何のためにそれをするのか、 そしてどのへんにその人の気持の落ちつきどころがあるのか、 そういうことを観察してみると、よくわかるものだ。人間は自分を ごまかそうとしてもごまかせるものではない。決してごまかせるものではない)Web漢文体系 論語 http://kanbun.info/keibu/rongo00.html(顔淵第十二-10、学而第一-2、里仁第四-10、雍也第六-26、為政第二-10)下村湖人(1884~1955)『現代訳論語』 PR